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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)2135号 判決 1985年9月19日

原告 株式会社サンヨー堂

右代表者代表取締役 小岩井清三

原告 有限会社 布施商店

右代表者代表取締役 布施亮一

原告 丸茂食品株式会社

右代表者代表取締役 内藤昇

原告 岡野水産株式会社

右代表者代表取締役 岡野才太郎

右原告四名訴訟代理人弁護士 和田隆二郎

同 横内淑郎

同 武井公美

被告 有限会社流通加工センター

右代表者代表取締役 村田稔

被告 村田稔

右被告二名訴訟代理人弁護士 金子和義

同 氏家茂雄

被告 三和興産株式会社

右代表者代表取締役 米本節子

右訴訟代理人弁護士 内田雅敏

同 内藤隆

被告 伊藤三郎

主文

一、訴外三和水産株式会社が、昭和五七年九月二〇日、被告有限会社流通加工センターに対し、同被告の金五九二万〇三八九円の買掛金債務を免除した行為は、これを取消す。

二、訴外三和水産株式会社が、同年同月二一日ころ、被告村田稔に対し、同被告に対する借受金債務の内金五九〇万八〇〇〇円を弁済した行為及び同年同月二二日、別紙譲渡債権目録(一)記載の債権を譲渡した行為は、いずれもこれを取り消す。

三、被告有限会社流通加工センターは、原告株式会社サンヨー堂に対し金三二〇万五〇一九円、同有限会社布施商店に対し金一三三万五五九二円、同丸茂食品株式会社に対し金七五万七六四八円、同岡野水産株式会社に対し金六二万二一三〇円及び右各金員に対する昭和五七年一一月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四、被告村田稔は、原告株式会社サンヨー堂に対し金三一九万八三一二円、同有限会社布施商店に対し金一三三万二七九七円、同丸茂食品株式会社に対し金七五万六〇六三円、同岡野水産株式会社に対し金六二万〇八二八円及び右各金員に対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五、被告伊藤三郎は、原告株式会社サンヨー堂に対し金一四八万三六一八円、同有限会社布施商店に対し金六一万八二五二円、同丸茂食品株式会社に対し金三五万〇七一九円、同岡野水産株式会社に対し金二八万七九八六円及び右各金員に対する昭和五七年一〇月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

六、被告三和興産株式会社は、原告株式会社サンヨー堂に対し金七五万五九八二円、同有限会社布施商店に対し金三一万五〇三二円、同丸茂食品株式会社に対し金一七万八七一〇円、同岡野水産株式会社に対し金一四万六七四五円及び右各金員に対する昭和五七年一〇月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

七、原告らのその余の請求を棄却する。

八、訴訟費用中、原告らと被告有限会社流通加工センター、同村田稔及び同三和興産株式会社との間に生じた費用は全部右被告らの負但とし、原告らと被告伊藤三郎との間に生じた費用はこれを八分しその一を原告らの負但とし、その余を同被告の負但とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. (主位的請求)

主文第一項と同旨

(予備的請求)

訴外三和水産株式会社(以下「訴外三和水産」という。)、被告有限会社流通加工センター(以下「被告センター」という。)及び同村田の三者間で、昭和五七年九月二〇日に締結した、訴外三和水産の被告センターに対する金五九二万〇三八九円の売掛金債権と、被告村田の訴外三和水産に対する求償金債権とを、対当額で相殺する旨の契約は、これを取り消す。

2. 訴外三和水産が、昭和五七年九月二一日ころ、被告村田に対し、同被告に対する借受金債務の内金六一二万八〇〇〇円を弁済した行為及び別紙譲渡債権目録(二)記載の債権を譲渡した行為は、いずれもこれを取り消す。

3. 被告村田は、被告三和興産株式会社(以下「被告三和興産」という。)及び同伊藤に対し、前項の債権譲渡が詐害行為として取り消された旨の通知をせよ。

4. 主文第三項と同旨

5. 被告村田は、原告株式会社サンヨー堂(以下「原告サンヨー堂」という。)に対し金三三一万七四〇九円、同有限会社布施商店(以下「原告布施商店」という。)に対し金一三八万二四二八円、同丸茂食品株式会社(以下「原告丸茂食品」という。)に対し金七八万四二一七円、同岡野水産株式会社(以下「原告岡野水産」という。)に対し金六四万三九四六円及び右各金員に対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

6. 被告伊藤は、原告サンヨー堂に対し金一七二万四八八二円、同布施商店に対し金七一万八七九二円、同丸茂食品に対し金四〇万七七五二円、同岡野水産に対し金三三万四八一九円及び右各金員に対する昭和五七年一〇月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

7. 主文第六項と同旨

8. 訴訟費用は被告らの負担とする。

9. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告らは、いずれも水産物等の卸売りを業とする会社である。

2. 原告らは、訴外三和水産に対し、昭和五五年又は昭和五六年から水産物等を継続して販売し、昭和五七年九月二〇日及び同月二一日現在別紙売掛金等債権目録記載の各債権を有し、その後債権額に増減はない。

3. 訴外三和水産は、被告センターに対し、昭和五四年ころから水産物等を継続して販売し、昭和五七年九月二〇日現在、同年七月ないし九月販売分合計金五九二万〇三八九円の売掛金債権を有していた。なお、右取引における代金支払方法は、毎月末日締め、翌月末日支払の約束であった。

4. また、訴外三和水産は、被告三和興産に対し昭和五四年ころから、被告伊藤に対し昭和五五年ころから、いずれも水産物を継続して販売し、昭和五七年九月二一日現在別紙譲渡債権目録(二)記載の各債権を有していた。なお、右各取引における代金支払方法は、毎月末日締め、翌月二〇日支払の約束であった。

5. 訴外三和水産は、昭和五七年九月二一日に不渡手形を出して倒産したが、その前日の九月二〇日、同訴外会社の代表取締役長野重忠は、被告センターの代表取締役の被告村田に対し、当時同訴外会社には右3、4項の各債権以外にみるべき資産がなく、原告ら債権者を害することを知りながら、右3項記載の被告センターに対する売掛金五九二万〇三八九円の支払義務を免除する旨意思表示した。

6. 仮に、前項の事実が認められないとしても、右長野と被告村田は、右同日、原告ら債権者を害することを知りながら、訴外三和水産の被告センターに対する右3項記載の売掛金債権と、訴外三和水産が訴外同栄信用金庫から貸付けを受ける際に、被告村田が担保として提供した金一三〇〇万円の定期預金について、将来担保権が実行されることによって被告村田の取得する求償権とを、対当額で相殺する旨の契約を締結した。

7. 更に、右長野は、昭和五七年九月二一日ころ、被告村田に対し、原告ら債権者を害することを知りながら同被告と通謀のうえ、訴外三和水産が同被告に負担していた借受金債務の内金六一二万八〇〇〇円を弁済し、かつ訴外三和水産の被告伊藤及び同三和興産に対する別紙譲渡債権目録(二)記載の債権を譲渡した。

8. よって、原告らは、詐害行為取消権に基づき、訴外三和水産の被告センターに対する前記債務免除もしくは予備的に訴外三和水産、被告センター、同村田間の前記相殺契約、訴外三和水産の被告村田に対する前記弁済及び債権譲渡の各取消を求めるとともに、被告村田に対し、前記債権譲渡が詐害行為として取り消された旨の通知を被告伊藤及び同三和興産にすること並びに前記弁済金六一二万八〇〇〇円につき原告らの債権額に応じて按分した請求の趣旨第5項記載の各金員及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、債権者代位権に基づき、被告センターに対し、訴外三和水産の前記売掛金債権金五九二万〇三八九円につき原告らの債権額に応じて按分したが請求の趣旨第4項記載の各金員及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年一一月一日から支払済みに至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、被告伊藤に対し、訴外三和水産の別紙譲渡債権目録(二)の1記載の売掛金債権金三一八万六二四五円につき原告らの債権額に応じて按分した請求の趣旨第6項記載の各金員及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一〇月二一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払並びに被告三和興産に対し、訴外三和水産の別紙譲渡債権目録(二)の2記載の売掛金債権金一三九万六四六九円につき原告らの債権額に応じて按分した請求の趣旨第7項記載の各金員及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一〇月二一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二、請求原因に対する認否

1. 被告センター及び同村田

(一)  請求原因1の事実は認める。

(二)  同2の事実は不知。

(三)  同3の事実は認める。

(四)  同4の事実のうち、訴外三和水産の被告伊藤及び同三和興産に対する債権額は否認するが、その余の事実は認める。

(五)  同5の事実のうち、訴外三和水産が原告ら主張のころ不渡手形を出して倒産したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(六)  同6の事実は否認する。

(七)  同7の事実のうち、被告村田が訴外三和水産から被告伊藤及び同三和興産に対する売掛金債権の譲渡を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

右債権譲渡は、被告村田が訴外三和水産に対して将来取得すべき金一三〇〇万円の求償金債権に対し、右求償権取得を停止条件として譲渡債権額につき代物弁済を受けたものであり、相当価格による代物弁済であるから、詐害行為には当たらない。

2. 被告三和興産

請求原因事実のうち、訴外三和水産が被告三和興産に対して金一三九万四八八九円の限度で売掛金債権を有していたことは認めるが、その余の債権の存在は否認し、その余の事実はすべて不知。

3. 被告伊藤

請求原因事実のうち、訴外三和水産が被告伊藤に対して金三一四万〇五七五円の限度で売掛金債権を有していたことは認めるが、その余の債権の存在は否認し、その余の事実はすべて不知。

三、抗弁(被告伊藤)

1. 被告伊藤は、昭和五七年九月二二日現在、訴外三和水産に対し金四〇万円の貸金債権を有していた。

2. 被告伊藤は、昭和五八年五月二五日、訴外三和水産から同被告に対する売掛金債権の譲渡を受けた被告村田に対し、第1項の貸金債権と右売掛金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1の事実は、被告センター及び同村田との間では争いがなく、その余の被告の関係では、証人長野重忠の証言によりこれを認めることができる。

二、被告センター及び同村田との間では原本の存在と成立に争いがなく、その余の被告の関係では、証人長野重忠の証言により原本の存在と成立の認められる甲第一ないし第四号証及び証人長野重忠の証言によれば、請求原因2の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、請求原因3の事実は、被告センター及び同村田との間では争いがなく、その余の被告の関係では、被告村田本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

四、訴外三和水産が、被告伊藤に対し、昭和五七年九月二一日現在金三一四万〇五七五円の限度で水産物等の売掛金債権を有していたことは、同被告との間では争いがなく、その余の被告の関係では、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき(被告センター及び同村田の関係では成立に争いのない)乙第一六号証及び証人長野重忠の証言によりこれを認めることができる。

原告は、右売掛金債権が金三一八万六二四五円存在した旨主張するが、この点に関して提出された甲第一〇号証は、その記載内容に明確を欠き右主張を認めるには十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、<証拠>によれば、訴外三和水産は、被告三和興産に対し、右同日現在金一三九万六四六九円の水産物等の売掛金債権を有していた事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、<証拠>によれば、右各売掛金債権の弁済期は同年一〇月二〇日であったことを認めることができ、これに反する証拠はない。

五、そこで、請求原因5ないし7の事実、即ち原告ら主張の詐害行為の成否を以下順次検討する。

1. <証拠>によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  訴外三和水産は、水産物の販売等を業とする株式会社であり、その代表取締役は長野重忠であるが、実質的な経営は専務取締役の小嶋修己によってなされ、同人が経理及び営業の全般を見ていたこと。

(二)  被告村田は、寿司材料の販売等を業とする被告センターの代表取締役であるが、訴外三和水産が昭和五四年七月に築地に本店を移転し、同所で水産物の販売等を始めた際、同訴外会社に出資をして株主になるとともに、同訴外会社の取締役に就任し、その後非常勤ではあるが月二回位は出社しており、かつ、同訴外会社が第一相互銀行から営業資金の貸付けを受けるについて、自己名義の同銀行に対する金一〇〇〇万円の定期預金を担保として提供し、また、同訴外会社のために自己名義で小川信用金庫及び埼玉県信用金庫から貸付けを受け、これを同訴外会社に貸付けるなどしていたこと。

(三)  訴外三和水産は、昭和五七年九月三日に同栄信用金庫から金二一〇〇万円の手形貸付けを受けたが、被告村田は、右貸付けの担保として、第一相互銀行の前記金一〇〇〇万円の定期預金を同栄信用金庫の定期預金に組替えるとともに、新たに同栄信用金庫に対し金三〇〇万円の定期預金をして、同月一七日、これらの定期預金に質権を設定したこと。

(四)  被告村田は、同年九月二〇日、前記小嶋から、訴外三和水産の資金繰りが悪化し、同月末の手形決済の見込みが立たない旨言われたことから、前記長野に対し、自己が訴外三和水産のため担保提供した前記定期預金相当額を直ちに返還するよう要求し、長野がそれを拒否すると、当時訴外三和水産が被告センターに対して有していた前記三項認定の売掛金債権金五九二万〇三八九円を相殺勘定にするよう迫り、結局長野は右要求に応じて、同日付けで、訴外三和水産が右売掛金全額を被告センターから領収した旨の領収書を作成し、被告村田に交付したこと。

(五)  被告村田は、翌九月二一日にも長野、小嶋に対して自己が担保提供した定期預金相当額等の返還を要求したが、長野にこれを拒否された後、同人不知の間に、小嶋から訴外三和水産の小切手二通(額面金五一六万円と金九六万八〇〇〇円)の振出交付を受け、小嶋とともに同栄信用金庫銀座支店及び協和銀行銀座支店に行き、右二通の小切手を現金化し、その後、右現金化した金六一二万八〇〇〇円の中から小嶋が生活費等として金二二万円を取得したが、残金五九〇万八〇〇〇円は被告村田が自己の訴外三和水産に対する貸付金(当時被告村田は、訴外三和水産に対して、前記小川信用金庫及び埼玉県信用金庫からの借受金を転貸した貸付金として合計金三九七万円、自己の親戚から借受けて訴外三和水産に貸付けた分として金四〇〇万円位の貸付金を有していた。)の返済として受領したこと。

(六)  ところで、訴外三和水産が同栄信用金庫の当座に預金してあった金五一六万円は、当面の手形決済資金として準備されていたものであったが、右小切手の支払のためその資金が全額引き落とされてしまったために、訴外三和水産は、右九月二一日と翌二二日の両日手形不渡りを出して倒産するに至ったこと。

(七)  被告村田は、更に、同年九月二二日にも自宅に長野を呼び出し、小嶋とともに同被告ら代理人金子弁護士の事務所に連れて行き、同所で長野に対し、訴外三和水産が被告伊藤及び同三和興産に対して有する売掛金債権を譲渡するように要求し、小嶋も同被告に口添えして、これまで同被告には相当世話になっているから、絶対金は返さなければならないなどと右債権譲渡を強く勧め、これに対し長野は、他に債権者がいるので、被告村田だけに債権を譲渡することは他の債権者に迷惑を掛けるからできない旨を述べていたが、結局午後六時から一二時ころまで交渉した結果、長野も債権譲渡に応じることを了承し、同日、長野は、訴外三和水産が被告伊藤に対して有する金四六五万九五九五円の、被告三和興産に対して有する金二三六万三九七〇円の各売掛金債権(ただし、当時現実に存在した売掛金債権額は、前記四項で認定したとおりである。)を、被告村田が、同栄信用金庫に前記金一三〇〇万円の定期預金を担保提供したことに基づき、将来取得する求償権を担保するため、訴外三和水産が手形交換所の取引停止処分を受けることを停止条件とする停止条件付代物弁済として譲渡する旨の債権譲渡契約を、被告村田との間で締結したこと。

(八)  訴外三和水産は、右倒産時に金一七〇〇万円余りの預金、売掛金等の資産を有していたが、他方金九七〇〇万円余りの買掛金等の負債があり、差し引き金七九〇〇万円余りの債務超過の状態にあったこと。

以上の事実を認めることができ、被告村田本人尋問の結果中、一部右認定に反する部分は証人長野重忠の証言に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2. 右に認定した事実を前提とした詐害行為の成立を検討するに、まず、昭和五七年九月二〇日に被告村田と長野の間でなされた、訴外三和水産の被告センターに対する金五九二万〇三八九円の売掛金を領収済とする合意の趣旨が問題であるが、右当時被告村田は、訴外三和水産の借受金を担保するために、同栄信用金庫に対し金一三〇〇万円の定期預金に質権を設定していたが、右質権は未だ実行されておらず、従って被告村田の物上保証人としての求償権は未成立の状態にあったから、右売掛金と求償権を右二〇日の時点で直ちに相殺することはできないのであり、このような場合、右合意を、被告村田の求償権取得を停止条件として、右売掛金と求償権とを対当額で相殺する旨の訴外三和水産、被告センター及び同村田の三者間の相殺契約と解することも考えられるが、長野が被告村田に対しなんらの留保もせずに右売掛金の領収書を即日交付していることからすると、むしろ、将来被告村田の取得することが見込まれる求償権が回収不能となる事態に備えて、訴外三和水産が被告センターに対し同被告の買掛金債務を予め免除し、被告村田の実質的な損害を減少させようとしたものと解するのが、当事者の意思に合致するというべきである。

そして、右債務免除が訴外三和水産の一般債権者の共同担保を減少させる詐害行為に該当することは明らかであり、前記認定の事実関係からすると、長野が、右債務免除をした際、それが他の債権者を害することを知っていたことも明らかといわなければならない。

3. 次に、被告村田が、同年九月二一日ころ、小嶋の振り出した小切手を現金化した中から、訴外三和水産に対する貸金の返済として金五九〇万八〇〇〇円を受領した点を検討するに、小嶋は、訴外三和水産の実質的な経営者として経理及び営業の全般を執り行う権限を有していたと解されるから、右返済は、訴外三和水産の被告村田に対する借受金債務の弁済と解することができる。

そして、被告村田は訴外三和水産の取締役の地位にあり、右弁済は長野の不知の間に小嶋と被告村田が同道して金融機関を回り、小切手を現金化してなされたものであること及び小嶋は、同年九月二二日の債権譲渡契約の際にも被告村田の債権譲渡の要求に口添えして、これを長野に強く勧めるなどしていること等前記認定の事実関係からすると、右弁済は訴外三和水産の実質的な経営者である小嶋と被告村田が、他の債権者を害することを知りながら、通謀してしたものと推認すべきである。

従って、右弁済も詐害行為に該当するといわなければならない。

4. 最後に、長野と被告村田の間で同年九月二二日に締結された債権譲渡契約について検討する。

右債権譲渡は、未成立の被告村田の求償権を担保するため、右求償権に対する停止条件付代物弁済としてなされたものであることは前記のとおりであり、また前記認定の事実関係からすれば、当時長野が、右債権譲渡が他の債権者を害することを十分に知っていたことも明らかである。そして、右債権譲渡は担保の供与であって、単なる既存債務の履行とは異なり、債務者において積極的に債権者を害する意思のもとに相手方と通謀することまでは詐害行為成立の要件として必要でなく、他の債権者を害することの認識が有れば足りると解されるから、長野が前記のように被告村田の執拗な要求によってやむなく債権譲渡に応じたことをもって、詐害の意思がなかったとはいうことはできない(更に、右債権譲渡にあたっては、訴外三和水産の専務取締役で実質的な経営者である小嶋が、被告村田に同調して、長野に対して債権譲渡を強く勧め、結局長野もこれを受け入れた点等を考慮すると、実質上訴外三和水産は、他の債権を害する意思で被告村田と通謀したと解する余地もある。)

5. 以上によれば、訴外三和水産がした前記認定の被告センターに対する買掛金債務の免除及び被告村田に対する借受金債務の弁済と売掛金債権の譲渡は、いずれも詐害行為としてこれを取り消すべきである。

六、被告伊藤の抗弁事実については、当事者間に争いがないから、前記債権譲渡の取消しによって訴外三和水産に復帰する、同被告に対する売掛金債権は、前記四項で認定した金三一四万〇五七五円から相殺により消滅した金四〇万円を控除した金二七四万〇五七五円となる。

七、ところで、原告らは、訴外三和水産がした前記債権譲渡の取消しと併せて、被告村田に対し、右取消しの通知を被告伊藤及び同三和興産にすることも求めているが、当裁判所は、債権譲渡を詐害行為として取り消す場合には、詐害行為取消権の効力として、譲渡債権の債務者に対し、右取消しによって復帰する債権につき債権者代位権の行使をまつまでもなく、その履行を求めることができ、この場合、右債務者に対する債権譲渡取消の通知は要しないと解するのが相当であると思料する。けだし、詐害行為取消権の効力は相対的なものであるから、譲渡債権の債務者が右取消権行使の相手方とされない場合には、右債務者に対し債権譲渡取消の効果を当然に主張することはできない筈であり、右取消権の実効を期するためには、その効力として債権譲渡の取消と併せこれにより復帰した債権の履行をも訴求できなければならないと考えるからである。そして、このことは、債務免除を詐害行為として取り消す場合も同様と解され、この場合も詐害行為取消権の効力として、免除の取消によって復活した債権については、債権者代位権の行使をまつまでもなく、その履行を求めることができると解される。

八、そうすると、原告らの本訴請求は、詐害行為取消権に基づき、訴外三和水産がした被告センターに対する金五九二万〇三八九円の買掛金債務の免除及び被告村田に対する金五九〇万八〇〇〇円の借受金債務の弁済と別紙譲渡債権目録(一)記載の債権の譲渡を取り消し、被告センターに対し、免除の取消によって復活した右買掛金債務につき、原告らが債権額に応じて按分した主文第三項記載の各金員及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年一一月一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、被告村田に対し、弁済の取消によって返還すべき右借受金債務の弁済金につき、原告らの同年九月二一日における債権額に応じて按分した主文第四項記載の各金員及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、被告伊藤に対し、債権譲渡の取消によって復帰した前記金二七四万〇五七五円の売掛金債権につき、原告らの右債権額に応じて按分した主文第五項記載の各金員及びこれに対する弁済期の翌日である同年一〇月二一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、被告三和興産に対し、右同様債権譲渡の取消によって復帰した前記金一三九万六四六九円の売掛金債権につき、原告らが債権額に応じて按分した主文第六項記載の各金員及びこれに対する弁済期の翌日である同年一〇月二一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺尾洋)

<以下省略>

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